【予習編7】 里の魅力紹介します!

こんにちは、寒暖の差が激しく少しいつもより体に負担のかかる
今日この頃ですが、準備のほうは着々と進めております。
それでは、今回は里の予習です。
予習編7

本日のメニュー
一応この左の数字は訪れる順ということでナンバリングさせてもらってます。
31、新田(青森)

32、山根六郷(岩手)

33、上附馬牛・大出(岩手)

34、萩装・厳美の農村部(岩手)

35、蕪栗沼(宮城)


というわけで今回はこの5つをざっくり紹介していきます!

31、新田(青森)

・どんなところ?
江戸期から残るという水車で転作の蕎麦を生かし、粉をひき、「新田そばまつり」を毎年開いている。
これを主催する新田自治会は里山資源も積極活用。新田集落のみでイベントを行う集落

水車と蕎麦の里
この地区のシンボルが、江戸時代から受け継がれてきた茅葺き屋根が特徴の水車小屋。
小屋の内部にはそば粉を挽くための昔ながらの唐臼(からうす)があり、
地元では水車自体を「からうす」と呼んでいる。
唐臼でゆっくりと搗き、それを人が手作業でふるいにかけたそば粉は、格別の風味で
機械では摩擦で失われる風味が水車だと失われないとか。
また、それをお目当てに新田そばまつりの日には、町外、県外から一杯のそばのため来る人も多いのだとか。

・ひとこと
さらにはその地で昔ながらの製法で作られる蕎麦…うまくないわけがない!
里山の生活の一部を活かしていることがいいなと思います。
また、この地域は地域おこし協力隊の方々の活躍によりよりこの里の
昔ながらの製法で風味の損なわれないお蕎麦を食べたい方は毎年10月に行われる
「新田そばまつり」にて食べることが出来るそうです。


32、山根六郷(岩手)

・どんなところ?
山根六郷は久慈市の中心街から20キロ余りの南西、長内川の源流に位置し、渓流沿いに板壁や茅ぶきの民家が残り、暮らしや行事を伝承する活動、外部との交流も盛んであり、特産品は粟などが有名。

自然と暮らしを伝える里
古くはたたら製鉄で栄え、塩や海産物等を内陸へと運ぶ「べこの道」の要衝(駅場・馬継所)であった。
そして、その当時の暮らしを都市部の人々に知ってもらうため
里にある水車を中心に4月~12月の毎月第一日曜日に
「水車まつり」「水車市」が住民の総意により、手づくりで継続開催されている。
5月と11月は郷土芸能等も披露する「水車まつり」を開催することで伝統芸能、郷土料理など暮らしや生活の一部をそのまま見たり味わったりしてもらい都市部との交流を図っているため里も年々活発化してきているとのこと。
また、「水車まつり」や「水車市」の詳しい情報はこちら→
http://www2.dango.ne.jp/yamane6/event/eve01.html


・ひとこと
この地域では水車を中心に毎月行われる水車まつりを威嚇協力しているのが
この祭りはから続く集落挙げてのイベントは20年近く続けられていています。
しかし、それにもかかわらず深刻な人口減少と高齢化、そして消滅集落の危機がすぐそばにといった状況であると言われています。
こういう里に若い人たちが定住していくにはどうすればいいのか課題が山積しています。


33、上附馬牛・大出(岩手)

・どんなところ?
お年寄りたちが伝統行事を指導。
伝統野菜の暮坪かぶ、ホップ、ワサビ栽培、ヤマメ養殖されている、早池峰山を仰ぐ遠野物語ゆかりの里。

・永遠の日本のふるさと
この地域の古民家は「南部曲り家」と呼ばれるものがほとんどで、現在では住居にしている家庭も少なくなっています。その南部曲り家の代表格である千葉家は前面に柵をめぐらした屋敷構えの家で、曲り家の最盛期に建てられ,保存状態も良く、上層農民の最高級の曲り家として典型的なものといわれ、『日本十大民家』とも言われています。

「曲り家」とは母屋と馬屋がつながりL字型になっている住居で、成立、普及には南部藩が奨励した、馬の多頭育を目的とした、はたまた家格表示の差異など諸説があるが、これを裏づける史料がないと言われており、現在も不明なのである。しかし、曲り家は昔の生活が垣間見れる、懐かしい空気、知恵が詰まった玉手箱と言えるでしょう。

・ひとこと
遠野地方の農家のかつての生活様式を再現し伝承行事、昔話、民芸品の製作・実演などが体験できる伝承園、多くの山里体験プログラムを行う遠野ふるさと村があり、伝統文化の保存に積極的で遠野市を上げて行われているのも特徴です。


34、萩装・厳美の農村部(岩手)

・どんなところ?
一関市より西へおよそ20kmほどの農村部に小河川、農地、山林が入り組み、萩荘のため池群、中世の稲作景観を継ぐ厳美町本寺地区の風景などにほんの原風景が今でも濃く残る、中世の稲作景観を継承し続ける農の歴史が大地に刻まれた里。

・歴史深き生物多様性の理想郷

古くは「骨寺村」と呼ばれた奥州藤原氏の荘園で中尊寺の経蔵別当の所領でした。
土壌が薄く栄養少ない土地であったため、田んぼには不向きの土地柄で、昭和になって土木技術が発達し、やっと山の斜面に棚田がつくられたが、深い峡谷からの取水は困難で、灌漑用として作った小さなため池が、今でも600以上あり、人手をかけて伝統的な管理が行われ、水棲生物の宝庫となっている。
細かく起伏する地形で耕地整理が進まず、稲作だけでは暮らしが成り立ちにくいため
水田、ため池、畑、広葉樹林の絶妙なモザイク状の土地利用がなされた結果、生物多様性の理想郷となっているようです。

・ひとこと
この地域では東京大学保全生態学教室の研究者たちが、地域の生態系を調査するなど、科学的視点から研究されています。
ではなぜこういうことを考えないといけないのか、

人間を含むすべての生き物は、直接的、間接的に他の生物の助けを借りて生きています。
例えば、飲用水は森林が濾過したものですし、呼吸に欠かせない酸素は植物の光合成によってつくられますよね。
また、現在問題になっている森林の荒廃についても山に生えている草木が土砂崩れを防ぐといった間接的な恩恵を受けています。
このような多様な生き物が持ちつ持たれつの関係の中で生きているシステム全体を「生態系」といい、生態系から私たち人間が受けている恩恵を「生態系サービス」と呼びます。

もし、生態系が変化してバランスを崩し、人間が十分な生態系サービスを受けられなくなったら、私たちは存続できなくなるかもしれません。
だから、生態系の破壊を食い止めないといけないという考えが重要だと言われているのです。
(ひとことではなくなりましたがこういうことも記事として書いていく予定です。)

35、蕪栗沼(宮城)

・どんなところ
宮城県の北上川水系にある面積約150haの沼ですが「沼」といっても大部分はヨシやマコモで覆われている「湿地」で、周辺は沼を干拓してできた水田に囲まれているのが特徴でラムサール条約に登録された地域でもあります。
沼周辺の水田がエサ場となってマガンなど多数の渡り鳥が飛来しており、水鳥のために冬にも田に水を張り

と共生する里
冬の田んぼに水を張る農法をふゆみずたんぼ農法といいます。
当初は渡り鳥による集中越冬を防ぐ目的で始まった「ふゆみずたんぼ」でしたが、他にも良い効果をもたらすことがわかってきました。
例えば、日中はハクチョウ類が休み場として利用します。そして、鳥類の糞はリン酸(植物の三大栄養素リンを含んでいる)を多く含んでおり、田んぼの良質な肥料となります。鳥類が雑草を食べてくれるので、除草剤を使用しなくても良いことがわかったそうです。害鳥と言われ続けたマガンが、「ふゆみずたんぼ」によって人間と共生できるようになったというわけです。

・ひとこと
この地域の地元の方やNPO団体の活動は力強いと言われており、
生態系サービスへの支払いという指針に基づき活動されています。
こういう考え方が普及していけばきっとより自然と共生できる社会が形成されていくと思います。

引用:にほんの里100選http://www.sato100.com/

さて、今回もいかがだったでしょうか、次回は装備編に参りたいと思います!
それではさよなら~

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